1. HOME
  2. 観る
  3. 境内と建造物

境内と建造物

A 御影堂 B 阿弥陀堂 C 書院・能舞台 D 飛雲閣 E 唐門 F 総門 G 御影堂門 H 阿弥陀堂門 I 経蔵 J 太鼓楼 K 手水舎 L 御成門 M 目隠塀 N 築地塀 O 大銀杏 P 本願寺伝道院 聞法会館
A 御影堂 B 阿弥陀堂 C 書院・能舞台 D 飛雲閣 E 唐門 F 総門 G 御影堂門 H 阿弥陀堂門 I 経蔵 J 太鼓楼 K 手水舎 L 御成門 M 目隠塀 N 築地塀 O 大銀杏 P 本願寺伝道院

お知らせ

文化財指定建造物修復工事について

宗門総合振興計画の「基本方針Ⅲ.宗門の基盤づくり」重点項目「宗門内外のニーズに応える施設の総合的検討」及び本山振興計画の重点項目「本山境内地及び境内建物の整備」に位置付けられる「阿弥陀堂内陣の修復」「唐門の修復」「飛雲閣の修復」につきまして、国庫補助事業として2017年7月より修復を開始いたします。

修復期間中はご参拝の皆さまにご迷惑をおかけいたしますが、ご理解、ご協力賜りますよう、お願い申しあげます。
なお、修復にあたり、工事車両等が境内を通行いたしますので、ご参拝には十分ご注意ください。

A御影堂ごえいどう国宝

寛永13年(1636)再建、平成21年(2009)大修復。東西48メートル、南北62メートル、高さ29メートル。中央に親鸞聖人の木像、両脇に本願寺歴代宗主の影像を安置し、両余間には十字名号(帰命尽十方無碍光如来)と九字名号(南無不可思議光如来)を安置しています。

B阿弥陀堂あみだどう国宝

宝暦10年(1760)再建、昭和60年(1985)修復。東西42メートル、南北45メートル、高さ25メートル。中央に阿弥陀如来の木像、両脇にインド・中国・日本の七高僧の内、龍樹菩薩・天親菩薩・曇鸞大師・道綽禅師・善導大師・源信和尚の六師を、両余間に法然聖人と聖徳太子の影像を安置しています。

※ただいま修復中(2022年3月まで)

C書院・能舞台国宝重文

本願寺の書院は、桃山時代に発達した豪壮華麗な書院造の様式の代表的なもので、座敷飾(床、違棚、帳台構、付書院)を完備し、金碧障壁画(こんぺきしょうへきが)や彫刻で飾られています。書院は、対面所と白書院に大別でき、対面所の西側に雀の間、雁の間、菊の間などの小室があります。また、書院の北側には、現存する最古の能舞台である北能舞台、南側には親鸞聖人の降誕会に祝賀能が舞われる南能舞台があります。

D飛雲閣ひうんかく国宝

金閣、銀閣とともに京都三名閣の一つ。三層からなる楼閣(ろうかく)建築です。

※ただいま修復中(2020年3月まで)
修復工事を行っておりますため、ご参拝いただけません。

E唐門からもん国宝

桃山時代の豪華な装飾彫刻を充満した檜皮葺き(ひわだぶき)・唐破風(からはふ)の四脚門(しきゃくもん)です。彫刻の見事さに日の暮れるのを忘れることから「日暮らし門」とも呼ばれています。

※2018年6月より2022年3月まで修復予定
屋根の葺替や塗装修理などを行います。

F総門重文

現在地までに三度移築されています。一度目は蓮如上人450回遠忌の1898(明治31)年、二度目は親鸞聖人650回大遠忌を控えた1911(明治44)年。三度目は1959(昭和34)年に交通量の増加に対応した堀川通りの拡張が計画され、京都市の要請で現在地に移転しました。虹梁(こうりょう)に大柄な二組の蟇股(かえるまた)を配しています。2011(平成23)年に修復されました。

G御影堂門重文

親鸞聖人600回大遠忌を前に、1859(安政6)年に大阪の講社(こうしゃ)が担当し修理。1960(昭和35)年には、親鸞聖人700回大遠忌を前に修理されました。また、2006(平成18)年から2009(平成21)年にかけて、親鸞聖人750回大遠忌を前に、築地塀と併せて石工事・屋根工事・金物工事などが実施されました。屋根工事では瓦の葺き替えを実施し、再用する旧瓦は南面にまとめられています。

H阿弥陀堂門重文

昭和期の阿弥陀堂修復事業を機縁とし、1983(昭和58)年、檜皮(ひわだ)の一部葺替、飾金具の修正、金箔押などの補修が行われ、創建当初の美しい姿が再現されました。また、2009(平成21)年に御影堂門・築地塀修理の際にあわせて修復工事が行われました。

I経蔵きょうぞう重文

経蔵に納められている『大蔵経(一切経)』は天海僧正の開版されたもので、寛永12(1635)年、江戸の寛永寺で発起し、12ヵ年をかけて完成しました。天海版または寛永版とも称されます。幕府の要請と本願寺第13代良如宗主の希望により慶安元(1648)年9月に銀27貫目で購入しました。

J太鼓楼たいころう重文

本願寺の東北角にある重層の楼閣で、内部に今も残る大きな太鼓は、江戸時代には周囲に時刻を告げる合図となっていました。 幕末、本願寺を一時的に屯所としていた新撰組による刀傷が、今も残っていると伝えられています。

K手水舎ちょうずや重文

破風板には錺金具を付けており、四周を開放し花崗岩の四半敷で中央に石製の井戸と水盤を据えています。軸部は方形礎盤に几帳面取角柱を立て、内法虹梁(うちのりこうりょう)で繋ぎ、柱頂部の舟肘木と内法虹梁上の蟇股(かえるまた)で受け、鏡天井を張っています。2010(平成22)年に修復されました。

L御成門おなりもん重文

切妻造、本瓦葺の高麗門です。江戸後期の建築と言われています。

M目隠塀めかくしべい重文

切妻造、本瓦葺、真壁造の塀です。江戸後期の建築と言われています。

N築地塀ついじべい重文

切妻造、本瓦葺の版築の塀で5本の定規筋が引かれています。江戸中期~後期の建築と言われています。

O大銀杏天然記念物

まるで根っこを天に広げたような形から「逆さ銀杏」とも呼ばれる樹齢約400年の大銀杏は、京都市の天然記念物に指定されています。本願寺に火災があった時、この銀杏から水が噴き出して消し止めたという伝説から、「水吹き銀杏」とも呼ばれています。

P本願寺伝道院重文

1895(明治28)年4月に設立された真宗信徒生命保険株式会社の社屋として、東京帝国大学教授伊東忠太(いとうちゅうた)の設計、竹中工務店の施工により建築されたものです。様々な使用を経た後に「浄土真宗本願寺派布教研究所」となり、1958(昭和33)年、あそか診療所として1階の諸室が改修され使用されました。その後、「本願寺伝道院」となり僧侶の教化育成の道場として今日にいたっています。2010(平成22)年から2011(平成23)年にかけて修復されました。

コラム

埋木(うめき)

多くの参拝者が行き交う御影堂・阿弥陀堂の縁側や廊下。そこには動物や植物、モノをかたどった木によって、節穴や亀裂が埋められています。参拝される人々を少しでも癒すことができればという大工達の粋な気遣いを感じることができます。